京都・宇治で1948年に創業した昇苑くみひも。
糸の染色から製品加工まで一貫して行われており、伝統的な技法を守りながらも、現代の暮らしに合う組紐を制作しています。
職人経験を経て、現在は営業を担当されている八田さんに、組紐についてお話を伺いました。


EYEVAN × KYOTO
interview 18
「組紐に魅せられて」
昇苑くみひも 八田 俊 さん ( 創業1948年 / 宇治市 )
組紐について
独自の進化を遂げて、現代へ
「組紐は、日本では刀や鎧などの武具に使われるケースが多かったようです。
その他にも、日本は紐を使う文化がすごく多いので、組紐の技術は独自に進化したといわれています。」
「私は学生の頃からものづくりが好きで、たまたま紹介していただいて入社しましたが、紐はどこか謎めいた素材で、文献もそんなに残ってないですし、感覚的に言うと、原始人が火を発見したのと同じぐらい革命的な発明だったんじゃないかと思うんです。それが色鮮やかなものになって現代に残っているのが、すごく興味深くて、どんどんのめり込んでいきました。」
その他にも、日本は紐を使う文化がすごく多いので、組紐の技術は独自に進化したといわれています。」
「私は学生の頃からものづくりが好きで、たまたま紹介していただいて入社しましたが、紐はどこか謎めいた素材で、文献もそんなに残ってないですし、感覚的に言うと、原始人が火を発見したのと同じぐらい革命的な発明だったんじゃないかと思うんです。それが色鮮やかなものになって現代に残っているのが、すごく興味深くて、どんどんのめり込んでいきました。」
譲れないこと
違和感を見逃さない
「まずはやっぱり紐が綺麗であることが第一だと思います。
同じ条件で作っていても少し紐に乱れが出たりすることがあります。私たちの中でも何段階かで検品をして気を付けています。」
「同じ紐を作っていても、ある日突然ガタガタになったりします。すごくアナログな機械なので、ちょっとした不具合が出るんです。 手に当たる糸の感触がなんか普段と違ったなとか、紐から毛羽が出てるなみたいなことを普段の作業の中で見ながら、調整・修正していくという事を毎日やっています。
機械組みといえど、一辺倒にはいかないっていうのが、難しいところのひとつかなと思いますね。」
同じ条件で作っていても少し紐に乱れが出たりすることがあります。私たちの中でも何段階かで検品をして気を付けています。」
「同じ紐を作っていても、ある日突然ガタガタになったりします。すごくアナログな機械なので、ちょっとした不具合が出るんです。 手に当たる糸の感触がなんか普段と違ったなとか、紐から毛羽が出てるなみたいなことを普段の作業の中で見ながら、調整・修正していくという事を毎日やっています。
機械組みといえど、一辺倒にはいかないっていうのが、難しいところのひとつかなと思いますね。」
組紐屋だからこそ
「自社商品ができ始めたのは、20年前ぐらいですね。
あくまで組紐屋が作る組紐商品という見せ方をしたいので、一見どのように作られてるのかわからないような技術や、なかなか真似できない意匠の部分には、こだわりを持っています。」
あくまで組紐屋が作る組紐商品という見せ方をしたいので、一見どのように作られてるのかわからないような技術や、なかなか真似できない意匠の部分には、こだわりを持っています。」



継承について
継承と課題
「店舗の2階で組み紐教室を開いていて、生徒さんの中には伝統工芸士の資格を取得する方もおられます。資格を取られた方に、私たちからお仕事を依頼するなどして、伝統工芸士の資格を活かせる機会づくりに取り組んでいます。
そういった取り組みで技術の継承を考えている一方で、手組みの製品は高価なため、注文が決して多くはなく、安定した仕事の提供が難しいという課題もあります。」
そういった取り組みで技術の継承を考えている一方で、手組みの製品は高価なため、注文が決して多くはなく、安定した仕事の提供が難しいという課題もあります。」
新しい取り組み
可能性を追求する
「ここ5年以内ぐらいで、海外の方々からの問い合わせも増えてきていて、ジュエリー関係や内装空間のアートピースなど、それまでにはなかった新しいジャンルの仕事が増えてきました。しかし、知識をつけないと、そこに打って出ることはなかなかできないので、染料や素材について常に勉強しています。
日本国内では、組紐という名前は通じますが、世界基準でも通じるようなレベルに持っていけるよう、作り方や使い方も含めて、今後も考えていきたいなと思っています。」
日本国内では、組紐という名前は通じますが、世界基準でも通じるようなレベルに持っていけるよう、作り方や使い方も含めて、今後も考えていきたいなと思っています。」


